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札幌地方裁判所 平成7年(ワ)1124号 判決

甲事件原告(乙事件被告)(以下「被告」という。)

株式会社Y1

右代表者代表取締役

Y'1

乙事件被告(以下「被告」という。)

Y2

Y3

右三名訴訟代理人弁護士

山田庸男

李義

鈴木敬一

小泉伸夫

宮岡寛

岡伸夫

甲事件被告(乙事件原告)(以下「原告」という。)

X

右訴訟代理人弁護士

諏訪裕滋

向井諭

野並正彦

津谷裕貴

主文

一  原告は、被告株式会社Y1に対し、三九一八万二九一三円及びこれに対する平成六年四月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告に対し、連帯して四六五三万八八八五円及びこれに対する平成五年一〇月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告株式会社Y1及び同Y3は、原告に対し、連帯して九九〇万円及びこれに対する平成五年一〇月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告及び被告株式会社Y1のその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じてこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

六  この判決は、第一ないし第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  甲事件

原告は、被告株式会社Y1に対し、五五九七万五五九〇円及びこれに対する平成六年四月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

(主位的請求)

被告らは、原告に対し、連帯して二億一四一一万六七三一円及びこれに対する平成五年一〇月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

被告株式会社Y1は、原告に対し、二億一四一一万六七三一円及びこれに対する平成五年一〇月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  甲事件

本件は、東京穀物商品取引所及び東京工業品取引所の各商品取引員である被告株式会社Y1(以下「被告会社」という。)が、原告との商品取引委託契約に基づいて、原告の委託を受けて三年間にわたり小豆等の先物取引を行い、このうち三年目の取引(後記第三取引)の結果、五五九七万五五九〇円の差損金(清算金)が生じたとして、原告に対し、その支払を求めた事案である。

二  乙事件

原告が、被告会社の従業員である被告Y2(以下「被告Y2」という。)及び同Y3(以下「被告Y3」という。)の原告に対する一連の行為には、危険性の不告知などの不当勧誘、無敷ないし薄敷での取引、両建の勧誘、過当売買、転がし・途転・無意味な反復売買、無断売買、因果玉の放置及び一任売買等の違法性があり、取引勧誘から取引終了に至るまでの右一連の行為が不法行為ないし債務不履行を構成するとして、主位的に、被告Y2及び同Y3に対して民法七〇九条、同法七一九条に基づき、その使用者である被告会社に対して民法七一五条一項に基づき、予備的に、被告会社に対して同法四一五条に基づき、原告が後記第一ないし第三取引において被告会社に預託した委託証拠金等に相当する二億一四一一万六七三一円の損害賠償を求めた事案である。

三  前提となる事実

1  当事者(甲五、二一、二二、乙一の一ないし二、二、四二、原告本人、被告Y2、被告Y3本人、弁論の全趣旨)

(一) 被告会社は、顧客から委託手数料を得て、小豆等の農作物及び金等の貴金属の売買の委託を受け、自己の名をもって、委託者の計算において、右売買等の取引をなすことを業とする株式会社であって、東京穀物商品取引所及び東京工業品取引所の会員たる商品取引員である。なお、平成三年一〇月一八日の商号変更以前の商号は、「興和商事株式会社」であった。

(二) 原告は、昭和二四年一二月二日生まれで、昭和四八年北海道大学文学部を卒業し、昭和五三年一〇月に司法書士試験に合格し、同年一二月から司法書士となり、本件当時(原告が後記本件取引を行った平成三年から平成五年当時。以下同じ。)を含め、現在まで司法書士として稼働している。

(三) 被告Y2は、平成三年当時、被告会社札幌支店の副主任で、登録外務員であり、原告の担当者であった。平成五年八月末(実質的には同月一〇日頃)、主任の地位でいったん退職し、同年一二月一五日頃同じ主任の地位で復職し、その後、主任、係長、副長を経て課長となっている。

(四) 被告Y3は、平成三年当時、被告会社札幌支店の副長で、登録外務員であった。被告Y2が被告会社を退職した後、原告の直接の担当者となった。肩書上は被告Y2の上司であるが、同人とは班が異なっていた。

2  本件取引(売買)(甲一、八、一〇、一二の一ないし七、一四の一ないし六、一六)

被告会社と原告とは、平成三年七月上旬、商品先物取引委託契約(以下「本件基本契約」という。)を締結し、右契約に基づき。被告会社は原告の計算において別紙委託者別先物取引勘定元帳のとおり、小豆、粗糖等の先物取引を行った(これらすべてを以下「本件取引」といい、本件取引のうち、平成三年の取引を「第一取引」、平成四年の取引を「第二取引」、平成五年の取引を「第三取引」という。また、特に平成三年の小豆取引を「第一小豆取引」、平成四年の小豆取引を「第二小豆取引」、平成五年の小豆取引を「第三小豆取引」という。)。

3  本件取引における委託証拠金の出入状況(甲九、一一、一三の一ないし二、一五の一ないし二、一七)

別紙委託者別委託証拠金現在高帳のとおり、原告は、被告会社に対し、第一取引において二三〇万三七七八円、第二取引において七三三六万〇〇五〇円、第三取引において一億二三一〇万二九〇三円を預託し、このうち二一八〇万円の返還を受けている。

四  争点

1  被告らによる不法行為の成否。

2  原告の損害額及び過失相殺の可否(乙事件)。

3  被告会社による清算金請求(甲事件請求)が信義則違反等の理由によって制限されるか。

五  争点に関する当事者の主張

1  被告らによる不法行為の成否

(原告の主張)

(一) 被告Y2及び同Y3のなした本件取引は、次のとおり先物取引に関する法令諸規定に違反し、更に、詐欺ないし背任にも値するものであって、このような場合、取引勧誘から取引終了までの一連の行為が一体として不法行為となり、被告会社も民法七一五条により両名と連帯して損害賠償責任を負う。少なくとも、被告会社は債務不履行責任を負うものというべきである。

(二) 勧誘段階の違法性

(1) 先物取引不適格者に対する勧誘

先物取引不適格者に対する勧誘は、許されない(商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項一条一項、受託業務に関する協定二条、受託業務に関する規則(自主規制規則Ⅰ)五条一項等。以下、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項を「指示事項」という。)。先物取引不適格者とは、先物取引に関する知識、判断能力及び余裕資金を有しない者だけでなく、時間的余裕のない者も含まれるというべきである。

原告は、商品先物取引の仕組み及び上場商品ついての知識、特に商品の価格形成、変動要因等の知識、相場が逆に動いた場合の対処方法についての知識経験等がなく、また、余裕資金は一〇〇〇万円程度であってその三分の一である三〇〇万円程度しか投入すべきではなかったから、一億七六九六万六七三一円も投入するだけの十分な余裕資金はなく、更に、仕事上多忙で取引情報を把握して売買の判断をする時間的余裕もなく、先物取引不適格者であった。

被告Y2は、原告が不適格者であることを熟知して、あるいは、原告の右のような各要素について十分な調査をしないまま適格者であるとの判断をして、同人を勧誘した。

(2) 不当勧誘

先物取引がハイリスク・ハイリターンの極めて危険性が高い取引であり、その仕組みが複雑であることなどから、商品取引員は、委託者を勧誘するに際し、先物取引の仕組み、危険性、相場が逆になった場合の対処方法等を十分開示し説明する義務がある。また、先物取引の委託を勧誘するにあたって、断定的判断を提供することや不実告知は許されない(商品取引所法九四条一号及び二号、受託契約準則二二条二項及び三項、東京穀物商品取引所定款一四二条一項及び二項等。以下同法を「法」といい、受託契約準則を「準則」という。)。

しかし、被告会社の従業員(被告Y2を含む。)らは、原告を勧誘するにあたり、単に、ガイドやパンフレットを渡して読んでおくようにと言っただけで、右のような説明をしなかった。更に被告Y2及び同Y3は、次のように、断定的判断の提供や先物取引の危険性に関する不実告知をした。すなわち、被告Y2は、第一取引の際、「少ない資金で高い利益が得られる。」「委託証拠金も現実より少ない額出で済む。」「絶対儲かる。」等の断定的判断を提供した。そして、原告に最初の綿糸取引でわずか二二万円余の利益を出させ、先物取引は利益の出るものであると安心させ、第二取引では、もっと大きな利益を得るためには大きな金額を出さなければならないと言葉巧みに勧誘した。第三取引の際には、第二取引で約七〇〇〇万円の損害を被らせ、損を取り戻そうなどと原告の弱みにつけ込んでより多額の金員を出捐させた。他方、被告Y3は、第三小豆の平成五年九月二四日の取引(番号八〇及び八一)にあたって、原告に対し、「高騰する。」などと言って勧誘した。

更に、被告Y2は、原告を勧誘するにあたり、「先物取引は、昔は危険であったが、今では追証制度によって損が半分になると自動的に仕切られるので安全である。」との虚偽の事実を告げた。なお、仕切りとは、買玉(買約定が成立した取引で未決済のもの)を転売し、又は売玉(売約定が成立した取引で未決済のもの)を買戻して取引を終了させることをいう。

(三) 取引継続段階の違法性

(1) 受託契約前の建玉

商品取引員は、いわゆる事前書面を交付し、基本契約を締結した後でなければ建玉の受託を行ってはならない(準則三条二項及び三項等)。しかし、被告会社は、平成三年七月四日の綿糸四〇取引につき、原告と基本契約を締結する前に、電話で建玉の受託を行った。

(2) 無敷、薄敷

商品取引員は、受託する際、建玉について委託証拠金を全額徴収しなければならず、委託証拠金を全く徴収せず(無敷)、又は、委託証拠金の一部だけを徴収した取引(薄敷)は禁止されており、(法九七条一項、準則八条、九条等)、これに違反した取引は、無効であるか不法行為又は債務不履行を構成するものである。仮に委託者の指示があってもこれらは違法である。

しかし、被告会社は、最初の取引(平成三年七月四日の綿糸四〇取引)から無敷で取引し、その後も以下のとおり無敷又は薄敷で取引した。

(無敷の取引)

第二小豆取引のうち、平成四年一〇月一二日から同年一二月九日までの日計り三九回(番号四六ないし四八、四九の一、五〇、五一、五三ないし五七、五九ないし六一、六三ないし六六、六八ないし七〇、七一の一、七三、七六、七七、八四、八五の一・二、八七ないし八九、九六、九八の一・二、九九、一〇〇の一、一〇四、一〇五、一〇九の一)。なお、日計りとは、一日のうちに建玉(商品取引所において売買約定が成立した取引で未決済のもの。)をして当日仕切ってしまうことをいう。

第三小豆取引のうち、平成五年四月一三日から同年八月二五日までの日計り取引五回(番号七、八、二一、六二、六三)。

第三小豆取引のうち、平成五年九月二四日になされた無断買付(番号八〇及び八一)。

(3) 両建の勧誘

同一商品かつ同一限月(契約履行の最終期限の月)の売玉と買玉を同時期に建てておくことを両建というが、この両建を勧誘することは、客殺し手法の代表的なもので、極めて違法性が高い行為であるため、取引所でも禁止されている(指示事項二条二項等)。

本件取引において両建の取引は数多く存在するが、これは、被告Y2及び被告Y3が、両建の意味や意義すら理解していなかった原告に対し、多数回かつ大量にわたり両建の勧誘をしたものである。

(両建の例)

第二小豆取引のうち、平成四年一〇月一日から一一月四日までの買玉すべて(番号三七、三九ないし四二、四四、四五、四七ないし五一、五四ないし五七、六一ないし六九、七一、七三、ないし七七、八〇、八三)、同年一一月二六日の売玉(番号八五)、同年一二月四日から一二月七日までの売玉すべて(番号九九ないし一〇三)等。

第三小豆取引うち、平成五年二月二五日の買玉合計一〇〇枚(番号一一五、一一六)、同年四月一三日から同年一〇月八日の売玉すべて(番号七、八、一一から二〇、二五、二六、三一、四二ないし五二、六二、六三、八二ないし八四)等。このうち、同年一〇月八日の売玉については、無敷でもあり、違法性がより高い。

粗糖取引のうち、平成五年四月八日から同年五月七日の売玉すべて(番号三、四、七ないし一四)、同年六月一日の買玉合計一〇〇枚(番号一五、一六)。

米大豆取引のうち、平成五年四月二八日から同年七月一三日までの売玉すべて(番号三、四、七ないし一〇)。

金取引のすべて。

(4) 因果玉の放置

相場が思惑と逆に動き仕切れないでいる建玉を因果玉といい、因果玉になると大きな損害になる可能性がある。商品取引員は委託者に対して善管注意義務を負うから、建玉が因果玉にならないよう、委託者に対して適切な情報や助言を与える義務がある。にもかかわらず、被告会社の従業員である被告Y2らは、以下の例において不当に仕切りを延伸させた。また、原告が手仕舞(仕切り)を指示したのに、被告Y2らに「値段が戻るから。」と言われ、手仕舞させてもらえないことがあった。

(因果玉放置の例)

第二小豆取引のうち、平成四年九月二八日の売玉一〇〇枚(番号三六)、同年一〇月一日の売玉三枚(番号三八)。

第三小豆取引のうち、平成五年四月七日から五月七日の買玉(番号四、六、九、一〇)。

(5) 過当売買

過当売買は、たとえ委託者の指示があっても違法である(東京工業品取引所定款一三八条五項、前記自主規制規則Ⅰ四条、前記協定五条等)。過大性の判断は、売買の枚数、金額、回数等によるが、少なくとも一回当たりの委託証拠金が、委託者の余裕資金(ないし投入可能資金)を上回る取引は過当売買というべきである。

原告の余裕資金(投入可能資金)は三〇〇万円であるから、少なくとも一回当たりの委託証拠金が三〇〇万円を超える取引は過当売買というべきところ、小豆であれば一枚の委託証拠金は六ないし八万円であるから、少なくとも一回に五〇枚を超える取引は過当売買である。

原告は、平成四年九月一〇日には一回で一〇〇枚もの売買をさせられ(第二小豆取引、番号二八)、それ以降五〇枚を超える過当な取引に引きずり込まれ、最終的に取引回数、取引量が莫大となった。

(6) 転がし、途転、無意味な反復売買

いわゆる転がし(短期間に売り買いを繰り返すこと)や途転(建玉をして仕切って、すぐに反対の建玉をすること)のように、頻繁に建玉を繰り返すことは、商品取引員が手数量を稼ぎ、委託者に損害を与えるものであって、善管注意義務を負っている商品取引員としては禁止されている(指示事項二条一項等)。これは委託者の指示があっても違法である。

ところが、本件取引には、転がしの最たる例である日計り、途転が多く存在する。これらの取引には、売買益が出ていながら、手数料の方が高いため、結果として顧客が損失を被ってしまう取引(いわゆる手数料不抜け)も含まれており、被告らが手数料稼ぎのために行ったものである。

また、被告Y2は、原告に対し、第二及び第三取引の途中、「日計りは証拠金が不要であるから、証拠金が用意できなくても先物取引ができる。」との嘘を言って、日計りをさせた。

(7) 無断売買

商品取引員は、先物取引をするに当たり、委託者から事前に商品の種類、限月、売り・買いの別、新規・仕切りの別、枚数、指値・成行の別、取引日、場節について、指示を受けなければならず(法九四条三号、同施行規則三二条、準則二三条一項及び二項、前記東京工業品取引所定款一三八条六項等)、これらの指示を受けない売買は、無断売買である。そして、無断売買による建玉は、無効である。

本件取引では、以下のとおり無断売買が存する。

(無断売買にあたるもの)

第三小豆取引のうち、平成五年一〇月八日の売付・仕切り二九六枚(番号五四の四、五五の二、六四、六七、六八、七〇、七一、七六、七七)、同日売付・新規三〇〇枚(番号八二ないし八四)、同年九月二四日の買付・新規一〇〇枚及び同年一〇月六日、同月七日、同月一八日の売付・仕切り(番号八〇の一ないし四、八一の一ないし二)。

(8) 一任売買

商品取引員が、先物取引について、指示事項の全部又は一部について委託者から包括的に委任を受けること(一任売買)は許されない(準則二三条一項、前記東京工業品取引所定款一三八条三項等)。

原告は、先物取引が初めてであり、商品価格の形成・変動要因、相場が逆に動いた場合の対処方法等についての知識経験がなく、しかも日中は仕事に精励していて時間的余裕がないため、突然の被告Y2や被告Y3らの一方的電話に従わざるを得なかった。したがって、本件取引は実質的に一任売買である。

(9) 金銭貸借

登録外務員が、委託者とみだりに金銭等の貸借関係を結ぶことは許されない(前記東京穀物商品取引所定款一四三条四項等)。にもかかわらず、被告Y2は、平成五年五月二日、原告から一〇〇万円を借りた。右金銭は、平成八年一二月一九日時点でまだ返還されていない。

(四) 取引終了段階の違法性

(1) 違法な強制手仕舞

先物取引において無断売買による建玉は無効であり、無断売買による建玉を強制手仕舞(一定の場合に、商品取引員が、委託者に通知のうえ建玉を仕切ること。)をしても無効というべきである。

また、過大な建玉により商品取引員が手数料を稼ぎ、そのうえで一方的に仕切って委託者に莫大な取引損を出すとともにその分の手数料をまた稼ぐという強制手仕舞は、客殺し、違法行為の総仕上げとも言うべきものであって、公序良俗ないし信義則に違反し、無効である。

本件取引中、第三小豆取引終了時である平成五年一二月一日(番号五四の五、八二の一)及び同月八日(番号五四の六、五五の三、七四の二、七五の二、七八、七九)の強制手仕舞は、同年九月二四日及び一〇月八日の無断売買による建玉を仕切ったものであるから、違法である。

また、第三小豆取引のうち、平成五年一〇月一日の仕切り売買の一部(番号五三の二、五六、五九の一)は、同日時点で建玉制限違反となったもの(番号五三、五四、五六、五七、五九、六〇)を順次処分したものの一部と考えられるが、過大な建玉により被告会社が手数料を稼いだ上、建玉制限を理由として一方的に仕切り、原告に莫大な取引損を生じさせたものであって、違法な強制手仕舞である。

(2) 清算金の返還遅滞

取引が終了した場合、商品取引員は、委託者に返還すべき清算金があるときは、四営業日までに返還しなければならない(前記商品取引所法施行規則二二条等)。

しかし、被告会社は、第一取引の終了に当たり、清算金の返還を遅滞した。すなわち、取引終了は平成三年一一月一二日であるから、清算金は同月一六日までに返還しなければならないところ、実際に返還したのは同月二二日である。しかも、これは原告が商品取引所に苦情を申し立て、取引所から支払うよう指示を受けてやっと返還したものである。

(被告らの主張)

(一) 本件取引において、被告らには、以下のとおり客殺しと言われるような違法行為は一切ない。

仮に本件取引の一部に違法行為と思われる取引があったとしても、それは僅少な部分にすぎず、本件取引の全体について不法行為を構成するものではなく、個別に考慮、判断されるべきである。

(二) 勧誘段階について

(1) 原告の先物取引適格者性

原告は、先物取引について相当の知識、情報分析力、独自の相場観、相場判断力を有しており、無知・無思慮であったとはいえないし、十分な資金力及び相場取引に費やす時間を持っていたから、先物取引適格者である。

(2) 勧誘の正当性

被告Y2は、原告に対し、本件基本契約を締結する前に、原告の同業者であるA同席のうえ、六、七回にわたり、原告に対し、先物取引の仕組み、証拠金等の手続、取引に伴う危険性等について十分な説明をしている。そして、原告の十分な理解を得ている。

被告Y2が断定的判断を提供して原告を勧誘した事実はないし、追証制度等の虚偽の事実を告知した事実もない。また、日計りの説明についても虚偽はない。委託証拠金については、委託者の申出により翌営業日の正午までに入証しても構わないとする取扱いが実際には認められており、原告についても右申出がある。そして、日計りは、同日中に建玉と仕切りが行われるため、実際には証拠金の入金が必要ないまま取引が終わるので、右申出がある場合、証拠金を入金することなく建玉して仕切ることも可能である。

なお、被告Y3は被告Y2と班も異なっており、勧誘行為に一切関与していない。

(三) 取引継続段階について

(1) 受託契約及び最初の建玉の時期

被告会社と原告との基本契約は、平成三年七月三日、被告Y2が原告の事務所を訪問して締結した。最初の建玉は、その翌日の同月四日である。

(2) 証拠金の徴収について

最初の建玉(平成三年七月四日の綿糸四〇の取引)については、午前八時五〇分の前場一節で建玉をし、証拠金の入金が同日昼頃であったから、無敷であった。しかし、委託証拠金については、委託者の申出により翌営業日の正午までに入証しても構わないとする取扱いが実際には認められており、原告についても右申出がある。また、右建玉は前日の同月三日に原告から指示されたものである。

その後の取引で無敷、薄敷はない。

(3) 両建てについて

顧客の意思に基づかない両建の勧誘が禁止されていることは認めるが、両建という取引手法自体は相場取引において従前から頻繁に用いられている手法であって、法令等に違反しない。

本件取引に両建が多いことは認めるが、すべて、原告自身が両建について熟知のうえ指示したものであって、被告らが原告に対し、両建を勧誘したことはないから、何も違法ではない。

(1) 因果玉について

因果玉があったことは認める。

しかし、被告Y2は、原告に対し、因果玉を仕切るようアドバイスしたし、随時取引内容につき十分な情報を提供していたから、原告は因果玉について適切な処理が可能であった。にもかかわらず、原告が、損失の確定を嫌がって仕切らなかったために因果玉になったのであって、被告らに放置の責任はない。また、第二小豆取引中、番号三六の売玉は、一〇月八日、一四日、一五日になっても値下がりしていなかったから、被告らに因果玉放置の責任はない。

(5) 取引回数及び取引量について

本件取引回数及び取引量が多いことは認める。

しかし、過当か否かは相対的な評価の問題であるところ、原告は本件取引と並行して五、六〇〇〇万円規模の株取引をし、カネツ商事株式会社(以下「カネツ商事」という。)との取引も本件取引とほぼ同程度の規模であったことを勘案すれば、決して過当な取引とはいえない。

また、本件取引の回数及び量が多いのは、すべて原告が次々に注文を指示してきたからであって、被告らとしては、建玉制限を超えたり、委託証拠金不足がない限りは、指示どおりに売買を行わざるを得ない。

(6) 反復売買等について

転がし、日計り、途転等の取引手法自体は、相場取引において従前から頻繁に用いられている手法であって、それ自体違法ではない。

本件取引において、既存建玉の仕切りから反対玉の建玉までには相当の期間が置かれているのであって、これをもって直ちに手数料稼ぎの手段としての途転とはいえない。また、本件取引において、反復売買が数多く見られるとしても、これは原告が独自の相場観に基づいて行った注文方法であって、原告自身の指示に基づくものである。なお、手数料不抜けは、それ自体で法令等に違反するものではない。

(7) 無断売買について

本件取引はいずれも原告の指示に基づいており、売買報告もすべて実施している。無断売買は一切ない。

平成五年一〇月八日についても、被告Y3と原告とが何度か協議する過程で、原告が、抽象的であっても被告Y3に十分理解できる指示を出しており、被告Y3がこれに従って処置を取ったものであって、無断売買には当たらない。なお、平成五年九月二四日の買付注文伝票が原告の注文伝票をひとまとめにした綴りの中になかったのは遺漏にすぎない。

(8) 一任売買について

本件取引は、すべて原告自身による個別の指示に基づくものである。

原告は、被告Y2らから電話でせりの状況を聞きながら注文したり、ファックスによって注文したりしていたのであり、一任売買は一切存在しない。

(9) 金銭貸借について

金銭貸借の事実は認めるが、不法行為としての違法性はないし、本件取引の効果に問題をもたらすものでもない。

(四) 取引終了段階について

(1) 強制手仕舞について

原告の主張は争う。

第三小豆取引の平成五年一二月一日及び同月八日の強制手仕舞は、委託契約準則第一三条に基づくものであり、何ら違法性は存在しない。

(2) 清算金の返還

第一取引終了後の委託証拠金返還の際に、被告Y3がキャンペーン中であることを説明して、月内の返還を猶予して欲しいと申入れ、そのときの不手際から委託証拠金の返還について原告からクレームがあったことは認める。

しかし、クレーム後、すぐに返還しており、これをもって本件取引自体が違法であるとは考えられない。

2  原告の損害額と過失相殺の可否(乙事件)

(一) 原告は、損害額として、以下のとおり合計二億一四一一万六七三一円を主張し、被告らはこれを争った。

(1) 委託証拠金残金 一億七六九六万六七三一円

原告は、被告らの詐欺行為によって、多額の委託証拠金を詐取されたから、被告らはこれを損害する義務がある。

原告は、被告会社に対し、別紙委託者別委託証拠金現在高帳のとおり、平成三年七月四日から平成五年一〇月一二日までの間に、合計一億九八七六万六七三一円を預託し、そのうちの二一八〇万円の返還を受けた。

したがって、原告の委託証拠金残金は一億七六九六万六七三一円である。

(2) 慰謝料 一七六九万円

原告は、被告らの違法行為によって多額の現金を詐取された上、本件取引で体調を損ない胃潰瘍を患い、糖尿病も悪化して入院した。更に、自宅も事務所も人手に渡り、被告会社から清算金があるなどと言われ仮差押を受け、仕事の上でも、もっとも重要な取引先である銀行を失い、この間甚大な肉体的、財産的、精神的損害を被ったものであり、これを金銭に見積もると、委託証拠金残金の一割である一七六九万円を下らない。

(3) 弁護士費用 一九四六万円

本件は、弁護士に訴訟委任せずして損害の回復はできず、その費用は(一)(二)の合計額の一割である一九四六万円を相当とする。

(二) 過失相殺の可否と割合

(被告らの主張)

原告は、被告Y2及び被告Y3から十分な情報を得ており、かつ自ら研究するなどして相場に通じていたから、同人らの行為を未然に防止することができたのであり、かつ、損害発生についても回避することが十分可能であった。そして、本件取引においては、原告自身の独特の相場観に起因する取引が行われたために、結果的に損害の拡大を招いているのである。仮に原告の先物取引に対する理解が十分でなかったとしても、「委託のガイド」と称するパンフレットすら読まなかったことには重大な過失がある。

このように、原告自身にも多大の落ち度が認められることに勘案すれば、少なくとも八割以上の過失相殺がなされるべきである。

(原告の主張)

本件原告の損害は被告らの悪質な客殺しに原因があり、しかも、詐欺が成立するか、少なくとも故意による不法行為又は債務不履行が成立する事案である。そしてその最大の原因は、被告会社の実質歩合制が被告Y2や被告Y3を過当取引に走らせたことにある。

したがって、本件は過失相殺すべき事案ではない。

3  被告会社による清算金請求の可否(甲事件)

(被告会社の主張)

別紙委託者別先物取引勘定元帳のとおり、被告会社が原告の計算で行った第三取引の結果、原告が負担すべき差引損金は、第三小豆取引では一億五〇七九万〇〇五五円、米大豆取引では四万〇六一五円、粗糖取引では八六二万一四四八円、金取引では二万三四七二円、合計一億五九四七万五五九〇円となった。

そして、別紙委託者別委託証拠金現在高帳のとおり、第三取引期間中に原告が被告会社に対して入金した委託証拠金は、合計一億二三一〇万二九〇三円であるが、原告は、平成五年八月一八日、そのうちの二〇〇〇万円を出金したため、原告が被告会社に預託した実質的な委託証拠金は一億〇三一〇万二九〇三円であり、被告会社はこれをすべて前記差引損金に充当した。また、原告は、被告会社に対し、平成五年五月一三日に二四万四四〇四円、同月一八日に一五万二六九三円を弁済した。

したがって、原告は、前記差引損金合計一億五九四七万五五九〇円と充当金及び弁済金の合計一億〇三五〇万円との差額である五五九七万五五九〇円を支払う義務がある。

(原告の主張)

本件取引の大半は先物取引に関する法令諸規定に違反し(強行法規違反)、また、両建、売り直し・買い直し・途転、日計り等の特定取引が大半であり、手数料比率も高く、業者の善管注意義務に著しく違反し、専ら業者の手数料稼ぎのための取引であって(著しく不公正な取引)、かかる場合本件先物取引委託契約自体を公序良俗違反として、無効とすべきである。

少なくとも、商品取引員に不法行為が成立する場合、商品取引員が取引委託契約に基づき請求権を行使することは、権利濫用又は信義則違反であり許されない。仮に右請求権の行使が許されるとしても、清算金請求の全額は許されるべきではなく、法令諸規定に違反した建玉についての手数料を請求することは、不法原因給付、信義則の趣旨から許されない。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(被告らによる不法行為の成否)について

1  前記争いのない事実、後記証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件取引の経緯につき以下の事実が認められる。

(一) (原告について)

原告は、昭和四八年三月に北海道大学文学部を卒業し、同年四月から昭和五〇年七月まで弁護士事務所で事務員として勤務した後、昭和五三年一二月に司法書士となり、昭和五四年四月頃独立して自ら司法書士事務所を営むようになった。

原告は、昭和六三年頃、札幌市内の中心部に土地を有する資産家であった父親から右土地の贈与を受け、平成三年四月頃これを売却したが、銀行等から多額の借入金をする一方、土地の売却に当たって借地権者に支払った立退料が約五億円、また贈与でありながら父親に支払った額が約五億円に達する等、個人としては極めて多額の金銭を動かしていた。また、原告は、資産として、札幌市中央区に事務所用の土地建物を、同市西区内に自宅用の土地建物を有し、失っても生活に困らない金銭として、一〇〇〇万円程度を有していた。

原告は、本件取引以前に先物取引の経験をもたないが、平成元年から平成五年頃にかけて五、六〇〇〇万円規模の株式取引の経験があり、この株式取引に当たっては、書籍を読む等して罫線要因について研究していた。また、原告は、右のとおり自ら事務所を構えて司法書士の業務を営んでいるから、自由に時間を使うことができ、先物取引を行うだけのある程度の時間的余裕があった。

(乙四二、原告本人)

(二) (第一取引開始までの経緯について)

被告Y2は、本件取引開始の約一〇か月前から被告会社を通して先物取引を行っていた司法書士のAにより、平成三年四月頃、原告を紹介された。Aが開業している司法書士事務所と原告の事務所は場所が近く、Aは株式取引に関して原告と同じ証券会社と取引をしていた。被告Y2は、五、六回にわたりAの事務所又はその近くの喫茶店において、A同席の下、原告と会った。その際、被告Y2は、原告に対し、「読んで下さい。」と言ってパンフレットを渡し、先物取引の仕組み、証拠金制度、損をする場合があること等について、白いノートに図を書くなどして説明し、また、当時の相場情勢を話して、「始めるなら今が良い時期ですよ。」「株のベテランが二人もそろっているし、私もできるだけ情報を提供します。」などと言って勧誘した。原告からは、株式取引との比較で被告Y2に対して質問が出たこともあった。そして、原告はAと同じ注文を出すことを承諾した。その後の同年七月三日、被告Y2は、Aから綿糸の売建玉の注文を受けた際、同人から原告にも連絡を入れるよう指示されたので、原告に電話をかけたところ、原告はAと同じ注文を出すことを了承した。被告Y2は、右同日基本契約締結のため原告の事務所を訪問し、「約諾書及び受託契約準則」と題する書類(甲七)及び「商品先物取引委託のガイド」と題する書類(甲六)を原告に交付した。原告は、右約諾書の氏名及び住所欄を記入の上、末尾に署名押印してこれを被告Y2に交付し(甲一)、本件基本契約が成立した。そして、原告は、翌四日Aと同じ内容の建玉をし、第一取引を開始した。原告は、委託本証拠金を同月四日昼頃入金したが、委託契約準則九条二項但書に基づく委託本証拠金預託の特例の申出書(甲二)を同月一一日付けで提出した。

(甲一、二、六、七、一八、一九の一ないし二、二〇の一、二一、原告本人、被告Y2本人)

(三) (第一取引について)

(1) 第一取引においては、原告の取引内容はAと全く同一であって、Aが取引をするときは原告も同一内容の取引をすることを了承し、A主導の下に取引をしていた。原告の取引量は一回当たりせいぜい一〇枚程度で、頻度も二〇日に一回程度のものであった。

(2) 被告会社は、原告に対し、第一取引終了の一〇日後の平成三年一一月二二日に清算金を返還した。

(3) 原告は、第一取引においては、綿糸四〇の取引で二二万四〇四七円の利益を得たが、小豆の取引で一二万五八〇八円の損失を出し、全体として約一〇万円程度の利益を得た。

(甲八、一〇、一八、一九の一ないし二、二〇の一、原告本人、被告Y2本人)

(四) (第二取引開始までの経緯について)

原告は、平成四年三月末頃、Aとともに、被告会社の同業者であるカネツ商事の事務所を訪れ、その従業員から先物取引の説明を聞いた上、約一か月後の同年四月二八日から同社と先物取引を開始している。他方、被告Y2は、第一取引終了後原告に対し取引再開を誘っていたものの、その方法は時々電話をかけて「また始めませんか。」旨言う程度であったが、原告は、同年五月二九日から被告会社と先物取引を再開した。

(乙四二、原告本人、被告Y2本人)

(五) (第二取引について)

(1) 原告は、第二取引当初は、第一取引に引き続きAと同一内容の取引をしていたが(小豆は第二取引の最初の取引、とうもろこしは平成四年八月一〇日まで)、その後、Aが被告会社との取引を止めたため、原告独自の考えで取引をするようになった。その後平成四年九月一〇日頃から取引量が格段に増え始め、頻度もほぼ毎日で、しかも、一日のうちに何回も建玉をするというほどにまで増加した。原告は、平成四年四月二八日から平成五年一二月三〇日までの間、カネツ商事と小豆取引を二二七回、米国産大豆取引を二〇回、粗糖取引を九八回にわたり行っていたが、原告が被告会社と行う取引は、マネツ商事での取引とほぼ同一内容であった。

(調査嘱託回答、原告本人)

(2) 原告は、第二小豆取引のうち、平成四年一〇月一二日から同年一二月九日までの原告主張の日計り取引三九回について、委託証拠金を入金することなく取引をし、後日その入金をした。

(甲二〇の三ないし六、原告本人)

(3) 原告は、原告主張のとおり、第二小豆取引のうち、平成四年一〇月一日から同年一一月四日までの買玉すべて、同年一一月二六日の売玉(番号八五)、同年一二月四日から同月七日までの売玉すべて等について、両建の取引をした。被告Y2は、原告に対し「両建をするのも一つの手である。」としてこれを勧めたが、両建が新たに同額の対立する建玉をするものであるから更に委託証拠金が必要となったり、最終的に双方の建玉を仕切ったときには手数料が倍額となることや、いったん仕切って新たに建玉した場合より仕切りのタイミングが難しいこと等、両建の有している問題点の説明をしなかった。また、原告は、両建がどのような取引であるかは理解していたものの、右のような問題点については理解していなかった。

(甲一二の一ないし六、乙三五、原告本人、被告Y2本人)

(4) 原告は、第二小豆取引のうち、平成四年九月二八日の売玉一〇〇枚(番号三六)及び同年一〇月一日の売玉三枚(番号三八)について、相場が思惑と逆に動いたため長期間にわたり仕切れなかったところ、被告Y2は、このような因果玉についても、原告の建玉の枚数、現在の値段等が他の顧客分のそれらとともに記載された管理表を送付する程度で、特にこれらを仕切るよう積極的に働きかけることはなかった。

(乙三五、原告本人、被告Y2本人)

(5) 原告の取引量は、被告会社札幌支店の中でも一、二位を争うほどの多さであり、第二小豆取引の途中からは、一回に五〇枚以上の建玉をすることが日常化している。小豆一枚は、八〇袋・二四〇〇キログラムであるから、約定値段の対象単位である小豆一袋・三〇キログラムの値段が一万五〇〇〇円である場合、五〇枚では、一回で六〇〇〇万円の取引をしていることになる。

また、第二取引においては、日計りないしこれに準ずる短期間の売買の繰り返しが見られ、特に、このような売買は第二小豆取引の途中である平成四年一〇月一二日頃から第二小豆取引が終了する同年一二月一一日までの間に集中し、しかも、この間これらの取引はすべて成行注文の形をとっている。被告Y2は、原告に対し、「日計りをすれば委託証拠金はいらないから、そういう形で細々と取引していって資金をため、大きく勝負しなければ今までの損は取り戻せない。」旨言って、右のような取引を行うことを勧めた。原告が自ら司法書士事務所を営む者であり時間的余裕を有していたとしても、日中これほど頻繁に逐一注文をすることは無理であり、実質は一任売買であった。更に、第二小豆取引のうち、番号四八、五五、六一、八六、八九、一〇〇の一、一〇〇の六の取引については、いわゆる手数料不抜けの取引であり、平成四年一一月四日に売玉三三枚を仕切り(番号三六の四)、すぐに買玉六〇枚を建てている(番号八三)のは、いわゆる途転の事案である。

(甲二三の一八ないし四九、乙一二の三ないし七、原告本人、被告Y2本人、被告Y3本人)

(6) 原告は第二取引を平成四年一二月一一日で終了したが、第二取引においては、合計で七六〇八万〇〇八九円の損失を被った。

(甲一二の一ないし六、乙一二)

(六) (第三取引開始までの経緯について)

原告は、平成四年一二月一一日の第二取引終了後、この取引により被った多額の損失をどうしても取り戻したいとの気持ちになっていたところ、被告Y2は、このような気持ちの原告に対して、「去年の損は絶対に取り戻しましょう。少ない金額でやっていたのでは無理だから、目一杯やりましょう。」などと言って、取引の再開を勧めた。原告は、右勧めにより平成五年二月一〇日から第三取引に入った。

(乙四二、原告本人、被告Y2本人)

(七) (第三取引について)

(1) 原告は、第三小豆取引のうち、平成五年四月一三日から同年八月二五日までの原告主張の日計り取引五回(番号七、八、二一、六二、六三)及び同年九月二四日の取引(番号八〇、八一)について、委託証拠金を入金することなく取引をし、後日一部その入金をした。

(甲二〇の三ないし六、原告本人)

(2) 原告は、原告主張のとおり、第三小豆取引のうち平成五年二月二五日の二回にわたる買玉五〇枚(番号一一五、一一六)及び同年四月一三日から同年一〇月八日までの売玉すべて等、粗糖取引のうち同年四月八日から同年五月七日までの売玉すべて(番号三、四、七ないし一四)及び同年六月一日の二回にわたる買玉五〇枚(番号一五、一六)、米国大豆取引のうち同年四月二八日から同年七月一三日までの売玉すべて(番号三、四、七ないし一〇)、金取引すべてについて、両建の取引をした。両建の取引をするについて、被告Y2及び同Y3は、原告に対し両建が有している問題点の説明をしなかった。原告も両建が問題点を有していることを理解していなかった。

(乙一三の一ないし四、一四ないし一六、三六、三八、三九、原告本人、被告Y2本人、被告Y3本人)

(3) 原告は、第三小豆取引のうち、平成五年四月七日から同年五月七日までの買玉(番号五は除く。)について、相場が思惑と逆に動いたため長期間にわたり仕切ることができずにいたところ、被告Y2は、第二取引におけると同様、管理表を送付する程度で、特にこれらを仕切るよう積極的に働きかけることはなかった。

(乙三六、原告本人、被告Y2本人)

(4) 原告は、第三小豆取引では、平成五年六月二一日から同月二四日までの四日間に合計七五〇枚もの新規建玉(番号三八ないし四七)を、同年八月九日及び同月一〇日の二日間で合計八〇〇枚もの新規建玉(番号五三ないし六一)を、同年九月一四日は一日で二五五枚もの新規建玉(番号七三ないし七七)をしている。また、第三小豆取引において、同年四月一三日(番号七、八)及び同年八月二五日(番号六二、六三)にはそれぞれ日計りをして損失を被り、同年五月二八日には買玉五〇枚(番号二一)を建てて仕切るとともに、同日売玉一〇〇枚(番号二五)及び五〇枚(番号二六)を建てるという日計り及び途転の取引を行い、同年六月七日には売玉一〇〇枚を建てながら翌八日に五〇枚を仕切る(番号三一の一)という、いわゆる転がしの取引を行っている。更に、粗糖取引においては、同年四月八日の売玉五〇枚を同月一四日に仕切っているが(番号三)、これはいわゆる手数料不抜けの取引であり、同月一四日に売玉合計一〇〇枚を仕切って(番号三、四)、同日買玉合計一〇〇枚を建てる(番号五、六)という、途転の取引をも行っている。

(乙三六、三八、原告本人、被告Y2本人、被告Y3本人)

(5) 被告Y3は、平成五年一〇月八日、第三小豆取引において、原告の指示に反して、買玉合計二九六枚を仕切り(番号五四の四、五五の二、六四、六七、六八、七〇、七一、七六、七七)、また売玉三〇〇枚を建てた(番号八二ないし八四)。

(原告本人、被告Y3本人)

(6) 第三小豆取引のうち、平成五年一〇月一日の仕切りについては、その一部(番号五三の二、五六、五九の一)が建玉制限に違反していたために、強制手仕舞された。

また、被告会社は、原告が平成五年一〇月一八日の売買を最後に小豆の建玉六〇〇枚を残したまま委託証拠金の入金等をしなかったため、準則に基づき、原告に通知したうえ、平成五年一二月一日及び同月八日に強制手仕舞した。

(甲二二、三二の一ないし三、原告本人、被告Y3本人)

(7) 原告は、第三取引を平成五年一二月八日で終了したが、第三取引においては、合計で一億五九四七万五五九〇円の損失を被った。

(甲一二の一ないし六、乙一二)

(八) (被告Y2らの歩合について)

被告Y2は、本件取引が行われていた頃、新規委託者について右委託者が当初預託する委託証拠金の二パーセントを歩合として取得していたものであるが、原告は、第一取引のみならず、第二取引においても、第一取引終了から三か月を経過していたため、新規委託者扱いとなり、被告Y2は二パーセントの歩合を取得した。このため、被告Y2は、原告の本件取引において、相当額の歩合を取得した。

(被告Y2本人)

(九) (被告Y2の金銭貸借について)

原告は、被告Y2から結婚資金として借金の申し込みを受け、平成五年五月二日、同被告に対し、一〇〇万円を貸し付けた。同被告は、本訴が係属したことから原告との接触を避けるようになったため、右借入金の一部の返済が遅れ、平成九年頃に至り返済した。

(原告本人、被告Y2本人)

2  ところで、原告は、第一取引開始の勧誘時に、被告Y2が、追証制度というものによって預けたお金の半分になった時点で自動的に取引が終了するので必ずお金の半分は残るとの説明をした旨供述するが、すでに先物取引の経験を持つAが同席する中で、被告Y2がそのような明らかな虚偽の事実を告げたり断定的判断を提供することは考えられず、原告の右供述は信用することができない。これに対し、被告Y2の供述は、原告が本件取引を開始した当初、Aと同一の注文を出していたこと等客観的証拠(甲一八、一九の一ないし二、二〇の一)に合致するものであって信用することができる。また、原告は、平成三年七月三日は被告Y2と電話で話しただけであり、約諾書(甲一)は、甲第二及び第三号証とともに翌四日に記載した旨供述するが、右約諾書の日付は同日付けで記入されていること、右書面は、原告によればこれと同時に作成されたという甲第二、第三号証とは微妙に字体が異なり、これらが同一時に署名したものであるとは考えがたいこと等から、右供述は信用することができない。これに対し、被告Y2の供述は、Aと原告の建玉の日付が一日ずれている事実(甲一八、甲一九の一により認める。)とも符合しており、信用することができる。そこで、前記1(二)のとおり認定するのが相当である。

また、原告は、第二及び第三取引につきなぜそのような内容の取引になったのか分からない、あるいは、被告Y2に言われるまま注文を出したとの供述をしている。しかし、原告は、当初、(株式取引に際して)「罫線を見て考えたことはあります。本が売っておりますので。」「勉強というほどのことはありませんけれども。」と供述していたところ、後に「私は罫線研究してません。」と微妙に供述を変化させたり、被告会社の方針とカネツ商事の方針とは値段が下がりそうだから売りから行うということで一致していたのかとの質問に対し、「カネツの人もそういうふうに言っていたように思いますけど。」と答えたかと思うと、「カネツから情報は入っていなかった。」と供述するなど、自己が積極的に関わった部分について矛盾ないし曖昧な供述をしていること、原告は、いくらの証拠金でどのくらいの建玉を建て、値動きによりどのくらいの損益が出たかということについて、三回目の取引の終り頃に知ったと供述しているが、ほとんど毎日のように被告会社から前記管理票などを送られていることや損益についてもっとも関心が高いと思われるのに二年間以上も知らないまま先物取引を行っていたというのは不自然であること、通常の顧客が自発的に商品取引員の会社事務所を訪れることは異例であるのに、原告はカネツ商事の事務所を訪れるなどして自ら積極的にカネツ商事との取引を開始していること、原告は、「月足小豆動向」と題する書面(甲三三。これには原告により「月別の平均動向が何となく見えてきます。」と記載されており、原告の先物取引に対する姿勢が伺うことができる。)や「月間東京小豆の値幅表」と題する書面(甲三四)を作成して被告Y2に平日の日中にファックス送信していること(右書証及び原告本人の供述により認める。)、原告は、通常ではあまり出されることのない、一定値段以上であれば買う、あるいは、一定値段以下であれば売るといったいわゆる逆指値の注文も多く出しており、成行注文、正指値注文、逆指値注文を使い分けるなどしていたこと(甲二三の一ないし甲二八、三七の一ないし四一)からすると、原告の前記供述は信用することができない。

更に、原告は、平成四年一〇月一日に行われた両建(第二小豆取引、番号三七、三九)が無断で行われたものであると供述している。しかしながら、原告は、両建について無断で行われた記憶はないとも供述し、被告Y2のときには日計りを除き無断で行われたことはないとも供述しているから(右取引は、甲二三の一三によれば、被告Y2が担当していたと認められる。)、右同日の取引が無断であったとの供述は信用することができず、他に同日の取引が無断で行われたことを認めるべき証拠はない。また、平成五年九月二四日の取引(第三小豆取引、番号八〇、八一)についても、無断でなされたことを認めるべき証拠はない。

3  そこで、前記1で認定した事実を前提に、被告Y2及び同Y3の行為に違法があったか否かについて検討する。

(一) 勧誘方法の違法性について

法、準則及び指示事項は、商品取引員ないしその従業員たる外務員が先物取引を行うに適しない者を勧誘すること(指示事項)、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して先物取引の委託を勧誘すること(法九四条、準則二二条)、先物取引の有する投機的本質を説明しないで勧誘すること(指示事項)、損失補填等の約束をして先物取引の委託を勧誘すること(法九四条二号、準則)等を禁じているところ、これらは公法上の規制や内部的な取決めにとどまらず、委託者の知識経験、資金力、勧誘行為の内容及び勧誘時の事情等によっては、私法上も違法となり、不法行為を構成するに至る場合もあるというべきである。

前記1(一)の各事実によると、原告には、商品先物取引を行うに足りるだけの理解力、経験、資金的余裕、時間的余裕等があったというべきであるから、商品先物取引を行う適格性がないと認めることはできない。

また、前記1(二)及び(四)の事実によると、原告は第一取引の開始前に、原告の同業者であるAの立合いの下に、被告Y2から先物取引の仕組み、証拠金制度、損をする場合があること等の説明を受け、原告自身経験のある株式取引と比較した質問をするなどしたのであって、同被告の勧誘行為に何ら違法はないというべきであるし、また、第二取引の開始に当たっても、原告自身がそれ以前にカネツ商事で積極的に取引を始めている状態であり、被告Y2の勧誘行為も、ときどき電話で「また始めませんか」という程度であって、第二取引開始に当たっての被告Y2の勧誘行為に何らの違法はない。

しかしながら、第三取引前の被告Y2の勧誘行為については、別途考慮を要するというべきである。前記1(六)の事実によると、被告Y2は、原告に対して「去年の損は絶対に取り戻しましょう。少ない金額でやっていたのでは無理だから、目一杯やりましょう。」などと言って取引の再開を勧めているところ、一般にこのような言動のみを取り上げると外務員のセールストークとして許される一面があると考えることもできるが、言われた原告はこの時点において第二取引によって七〇〇〇万円以上の損失を被っていたのである。個人として先物取引を行う者が七〇〇〇万円以上の損失を被ると、例外的な事情のある場合を除き、経済的に窮迫するとともに、心理的に追つめられた状態に陥るのが通常であると考えられる。そして、このように多額の損失を被って経済的に窮迫し、心理的にも追い詰められた者に対してかかる言動をすることは、実質的に先物取引を行うに適しない状態の者に対して先物取引の有する投機的本質を説明しないで勧誘するに等しいと言わざるを得ず、たとえ勧誘を受けた者に自ら取引を開始する意思があったとしても、この勧誘行為の前後の取引においてなされた行為とともに、全体的な判断によってその違法性が認められる場合があるものといわなければならない。

(二) 取引行為の違法性について

(1) 事前書面の交付について

商品取引員又はその使用人たる外務員は、委託者に対し、商品取引には危険が伴う旨等を記載したいわゆる事前書面を交付し、委託者が先物取引の危険性を了知した上で受託契約準則に従って取引を行うことを承諾する旨の書面を差し入れた後でなければ、先物取引の委託を受けてはならないのであって、このことは準則三条、取引所が定める定款等により定められている(甲七、三一、乙三三)。

本件基本契約が締結された経緯は前記1(二)のとおりであり、平成三年七月三日、被告Y2が原告にいわゆる事前書面(甲六、七)を交付して本件基本契約が締結され、その翌日である同月四日に最初の建玉(綿糸四〇の番号一)がなされているから、この点につき違法はない。

(2) 無敷ないし薄敷について

法九七条一項や準則には、委託証拠金を徴収しなければならないとの定めがあるが、準則では、特例として一定の者につき取引成立日の翌営業日正午までに預託することを認める扱いが認められている(甲七、三一、乙三三)。前記1(二)のとおり、本件取引の最初である平成三年七月四日の綿糸四〇の取引では、同日の昼頃委託証拠金が入金され、特例に関する申出書(甲二)が差し入れられているから、右申出書が同月一一日付であるとしても、準則の定めに反するものではない。

前記1(五)(2)及び(七)(1)のとおり、多数回に及ぶ日計り取引において委託証拠金の入金がない場合があり、また、平成五年九月二四日の第三小豆取引においても委託証拠金の入金がなかったものであるが、右特例によれば、建玉がされた日の翌営業日であっても正午までならばその建玉につき委託証拠金の入金は可能であり、日計り取引(建玉をしたその日のうちに手仕舞される。)において入金前に手仕舞される場合がありうることに鑑みれば、委託証拠金の入金がないまま行われた日計り取引が直ちに違法と評価されるものではない。また、右取引も含め、本件取引において委託証拠金が入金されないまま行われた取引があったとしても、そもそも、委託証拠金制度は、商品取引員が委託者に対して取得する委託契約上の債権を担保するためのものであり、委託者の過当投機を抑制する機能があるとしてもそれが間接的なものにとどまることに照らすと、委託証拠金を徴収することなく行った取引が直ちに委託者との関係において違法性を帯びるとの評価を受けるものではないというべきである。したがって、この点につき違法はない。(委託者の過当取引については、これの違法性を直接論じれば足りる。)

(3) 両建の勧誘について

両建という手法は、委託者の予想に反して相場が変動し損失を被った場合に委託者が選択する一つの方策であり、両建そのものを禁止する法令は特に存在せず、両建の仕切りによって結果的に利益が出る場合もあることからすると、両建そのものが直ちに違法であると評価すべきものではない。しかしながら、両建は、新たに同額の対立する建玉をすることにほかならないから、委託証拠金が新たに必要となるほか、最終的に双方の建玉を仕切った場合の手数料が倍額必要となる。また、両建をする場合には、いったん仕切って新たに建玉した場合よりも、仕切りのタイミングに関して難しい判断を必要とすることになる。指示事項が不適切な両建の勧誘を委託者保護に欠ける行為として禁止しているのは(乙三三)、このような観点からであると考えられる。したがって、商品取引員側が、両建の意味を右のような経済的効果や仕切りのタイミングの困難性についてまで十分に理解していない者に対し、既存の建玉を仕切ることをせずに両建をするよう勧誘することは、結局危険性を告げないまま取引させる場合と同視することができ、違法と評価されるものと解すべきである。

前記1(五)及び同(七)(2) のとおり、本件の第二小豆取引及び第三取引において両建の取引が数多く存在し、被告Y2及び同Y3が、原告に対し、「両建をするのも一つの手である。」と勧めていることからすれば、原告が被告Y2らの勧めを受けて両建にすべく注文を出したものと認められ、しかも、被告Y2らは両建の経済的な意味や仕切りの難しさ等を説明しなかったものであり、また、原告自身もこれらの点を理解していなかったものであるから、結局、本件両建の勧誘は不適切な両建の勧誘として違法なものであるというべきである。

(4) 因果玉の放置について

前記1(五)(4)及び同(七)(3)のとおり、本件取引には、相場が思惑と逆に動いたため建玉を仕切ることができず、これを長期間維持した上で(いわゆる因果玉)、結局、仕切った際に大きな損失を出している取引が存在し、被告Y2がこれらを仕切るよう積極的に働きかけることはなかったことが認められるが、仕切るか否かの判断は最終的には原告に委ねられるべきものであり、原告は、被告Y2らからその判断に必要な情報を得ていたことが認められるから、本件における因果玉の放置が違法であるということはできない。

(5) 過当売買及び無意味な反復売買等について

前記1(五)(5)及び同(七)(4)のとおり、原告は、極めて大量の、資金力から見ても異常ともいえる程の取引をなしているのであり、値動きの予想が外れた場合に原告が差損金を支払うことができなくなることは明らかであって、原告が任意にこれらの注文をしていたとしても、原告がその意味を冷静に判断し、十分に理解していたものとは到底いえない。こうした取引は、被告Y2の「それまでの損失を取り戻すために大きくやりましょう。」との勧誘に大きく影響されたと考えるのが合理的であり、被告Y2及び同Y3がこれほどまでに過当な取引をさせた行為は、もはや社会的相当性を欠き、違法性を帯びるものというべきである。

指示事項は、委託者の十分な理解を得ないで短期間に頻繁な売買取引を勧めることを厳に慎むべきこととしている(乙三三)。指示事項はあくまでも取引所内部の行為規範にすぎず、その違反が直ちに不法行為における違法となるものではないが、商品取引員ないし外務員が、委託者に十分な説明をせず、その理解を得ないまま、手数料稼ぎを目的として無意味な反復売買を繰り返し、委託者に損害を与える場合には、違法性を帯びることがあるというべきである。また、準則や取引所定款は、商品取引員が委託の際の指示事項の全部又は一部について顧客から包括的な委任を受けることを禁止しているところ(甲七、三一、乙三三)、これに違反して委託者に損害を与えるような行為もまた違法と評価すべきものである。本件の第二及び第三取引において、原告は、前記1(五)(5)及び同(七)(4)のとおり、日計り等の反復売買やいわゆる手数料不抜けの取引を頻繁に行い、しかもこれらは実質一任売買であったところ、こうした取引をするに至った事情等につき被告らが本件訴訟において合理的な説明をしていない以上、これらの取引は、これ以上取引をする資金がないという原告から、なお手数料を稼ぐための手段として被告らが行ったものというべきであり、違法であるといわざるを得ない。

(6) 無断売買について

法九四条三号及び準則は、商品取引員が、顧客の指示を受けないで先物取引の委託を受けることを禁止しており(甲七、三一、乙三三)、商品取引員が委託者の指示を受けずに無断で取引した場合、その行為は私法上も違法というべきである。前記1(七)(5)のとおり、被告Y3は、平成五年一〇月八日、第三小豆取引において無断で取引したものであり、この点において違法があったものと認められる。

(7) 金銭貸借について

取引所定款では、登録外務員が委託者とみだりに金銭等の貸借関係を結ぶことが著しく不当な行為とされており、登録外務員の登録取消事由ともされているが(乙三三)、前記1(九)の被告Y2の原告からの金銭借入れは、そのいきさつについて特段問題となるべき事実がなく、一部返還が遅れた理由も不合理なものとは認められないから、右金銭貸借が本件取引に違法性をもたらすものということはできない。

(三) 取引終了段階における違法性について

(1) 強制手仕舞について

前記1(七)(6)の平成五年一〇月一日になされた強制手仕舞は、右(二)(5)記載のように、被告らが、原告に対し、建玉制限違反となるような過当な建玉をさせた後に行ったものと認められるから、違法と評価せざるを得ない。

しかし、前記1(七)(6)の平成五年一二月一日及び同月八日になされた強制手仕舞は準則に基づいて行われたものであり、何ら違法ではない。

(2) 清算金の返還遅滞について

先物取引が終了した場合、商品取引員は、委託者に返還すべき清算金があるときは、四営業日までに返還しなければならないところ(商品取引所法施行規則二二条)、前記1(三)(2)のとおり、被告会社は、第一取引終了の一〇日後である同月二二日に返還しているものであって、これは右規則に反するものであるが、被告会社が原告の苦情に対してすみやかに対処していること、原告はその後も二年間にわたり被告会社と取引を継続していること等を考慮すれば、本件における一連の取引の違法性を基礎づけるものということはできない。

(四) 全体としての不法行為について

右(一)ないし(三)を総合すれば、本件取引において、被告らには、取引当初から第二取引の勧誘段階までの行為に違法性はないというべきである。しかしながら、第二取引以降は、差損を取り戻そうと追い込まれた気持ちになっている原告がますます取引にのめり込んでいくのに乗じて、過当な取引に同人を引き込み、第二取引において、原告が各取引の意味、効果等について十分に理解できるほどの説明を尽くさないまま、一任売買、反復売買、日計り、途転等を行って、手数料を稼ぎ、七〇〇〇万円を超える損失を被って経済的に窮迫し、心理的にも追いつめられた状態の原告に対し、「損失を取り戻しましょう。目一杯やりましょう。」などと言って、先物取引に引き込んで、過当な取引をさせたばかりか、一部取引において無断売買や違法な強制手仕舞をし、更に、問題のある両建について十分な説明を尽くさないまま、恒常的に両建の勧誘を行っていたということができるから、第二取引以降の取引は、全体として違法と評価すべきである。

4  被告らの責任

被告Y2は、少なくとも実質的に退社した平成五年八月一〇日頃までは原告の担当者であったところ(このことは当事者間に争いがない。)、右担当期間内の取引である第二小豆取引及び第三取引のすべてにおいて両建の取引が行われていたから、被告Y2は、右時点までに原告が預託した委託証拠金相当の損害を賠償すべき責任がある。

被告Y3は、当初被告Y2と班が異なっていたものの、被告Y2の上司であると認められ、また、本件取引の当初から被告Y2が不在の場合に注文を受けるなどしており、更に、被告Y2が退社した後は、原告の担当者であったから(甲二二、原告本人、被告Y2本人、被告Y3本人)、共同不法行為として被告Y2と同一の責任を負うほか、自己が原告の直接の担当となった第三取引中に原告が預託した委託証拠金相当の損害についても責任を負う。

そして、右両人は被告会社の従業員であり、両人の各行為は被告会社の業務の執行につきなされたものであることは明らかであるから、被告会社はその使用者として、右不法行為によって原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

二  争点2(原告の損害額等)について

1  財産的損害

(一) 原告が、被告会社に対し、本件取引に必要な委託証拠金として、合計一億九八七六万六七三一円を入金し、そのうち二一八〇万円を出金したことは当事者間に争いがないから、原告が被告会社に対して預託した実質的な委託証拠金は一億七六九六万六七三一円である。

このうち、被告会社の従業員らによる違法行為によって原告が被った損害として、第一取引の期間中である平成三年に預託した実質的な委託証拠金五〇万三七七八円を除く一億七六四六万二九五三円を、本件不法行為と相当因果関係の範囲のものと認める。

(二) 被告Y3及び被告会社は、右一億七六四六万二九五三円全額について賠償責任があるというべきであり、被告Y2の関与分は、同人が出社しなくなり事実上被告Y3に引き継いだ平成五年八月一〇日以降の実質的な委託証拠金三一〇〇万円を除く一億四五四六万二九五三円と認める。

2  慰謝料

本件取引により、原告には多大な取引損を生じ、第二取引後に胃潰瘍、糖尿病になって入院したこと、司法書士業も顧客であった銀行を失うなどしたこと(原告本人)から、原告が精神的損害を受けたことは容易に推察できるが、財産的損害に伴う精神的損害は、右財産的損害の賠償によって一応慰謝されるものと考えられ、また、これは経済的取引の結果として利益を得られなかったことから生じた損害であって、原告としてもある程度覚悟すべき範囲のものであり、更に、被告らの両建の勧誘及び無断売買が本件一連の行為の僅かな部分であることも考慮すると、本件において財産的損害のほかに精神的損害の賠償を認めることは相当ではない。したがって、慰謝料請求は認められない。

3  過失相殺

原告は、前記のとおり、北海道大学文学部を昭和四八年に卒業した後、弁護士事務所に勤務し、昭和五三年一二月から司法書士の職にあり、しかも本件取引以前に五、六〇〇〇万円規模の株式取引の経験を有するものであって、商品先物取引について理解力、判断力は十分あるものと考えられるだけでなく、仕事柄先物取引に関わり得る時間的余裕もあり、父親から札幌市内の所有地の贈与を受けるなどして経済的余力もあり、加えて、原告は、顧客が商品取引員の会社事務所を訪れることなど通常はないにもかかわらず、自ら被告会社と同種のカネツ商事の事務所を訪れてその後同社と先物取引を行っているのである。それだけではなく、証拠(甲三三、三四、原告本人、被告Y2本人)によれば、原告は、一九七三年(昭和四八年)三月から一九九三年(平成五年)三月までの各月の月初めの値段と月終わりの値段とを比較して、高いときには陽線とし、低いときには陰線とするとともに、各年について年間最高値と年間最低値の表われた月を表した「月足小豆動向」と題する書面や、一九八四年四月から一九九二年一二月までの各月について当該月の高値から低値を差し引いた数値等を記載した「月間東京小豆の値幅表」と題する書面を自ら工夫して作成し、これらを被告Y2に送付したり、日中の勤務時間中あるいは出勤前にしばしば被告Y2らに電話を掛けたりファックスを送信している等の事実や、注文を出す際には成行注文、正指値注文、逆指値注文を使い分けるなどしていた事実(甲二三の一ないし甲二八、三七の一ないし四一)が認められるのである。

これらの諸事実によれば、原告は、先物取引に関われるだけの理解力、判断力、時間的余裕、経済的余力があるだけでなく、先物取引に極めて熱心かつ積極的であったということができる。そして、これらの事情が、いったん被った損失を取り返すべく大きな取引を繰り返すことにつながったものと推認することができるのであり、原告にも本件取引による損害の発生及び拡大につき、かなりの過失があったものと認めるのが相当である。

これまで認定した事実その他一切の事情を総合考慮すると、原告の過失割合は七割とするのが相当である。

したがって、原告の損害額は前記1(二)の一億七六四六万二九五三円の三割に当たる五二九三万八八八五円(円未満切捨て)となり、被告Y2の関与分は、前記1(二)の一億四五四六万二九五三円の三割である四三六三万八八八五円(円未満切捨て)である。

4  弁護士費用

本件の全事情を勘酌すれば、原告において支払うべき弁護士費用のうち、本件不法行為による損害として原告が請求しうる分は、三五〇万円を相当とする。そして、被告Y2に対してはそのうち二九〇万円についてのみ被告会社ないし被告Y3と連帯して負担させることとする。

5  結論

以上によれば、被告らは、原告に対し、連帯して四六五三万八八八五円、被告会社及び被告Y3は、原告に対し、連帯して九九〇万円及び被告らはそれぞれこれらに対する不法行為の終了時である平成五年一〇月一二日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

なお、予備的請求については、主位的請求が認められた範囲以上に、損害が認められるものではないから、判断する必要がない。

三  争点3(被告会社の清算金請求の可否等)について

1  清算金請求の可否

前記一のとおり、本件基本契約は平成三年七月三日に締結されており、右契約の締結に至るまでの被告らの行為について特段違法性が認められない以上、右契約の有効性に問題はなく、他に本件基本契約が取り消され、あるいは、無効と解すべき事実は認められない。また、本件取引中の各取引は、本件基本契約に基づく有効な取引として行われたものである。被告Y2及び同Y3の行為に私法上違法と評価される行為が含まれていることは前記のとおりであるが、これをもって、本件各取引自体が詐欺によるもの、あるいは、公序良俗違反により無効であるということまではできないから、契約上の請求である被告会社の原告に対する清算金請求は、割合はともかく、原則として認められるべきものである(なお、無断売買による取引についても、取引自体は法律上の効力を生ずるものと解すべきである。)。また、本件取引において被告らのなした行為中に不法行為を構成するものがあるとしても、本件取引において原告のなした行為と対比検討すると、かかる原告の相手方契約者として、契約に基づいて清算金を請求することが信義則に照らし全く許されないと評価される程度にまで至っているということもできない。そしてまた逆に、かかる清算金については、原告の被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求権の行使として考えればよいとして、被告会社の原告に対する本件清算金請求を全面的に認める考え方もあり得る。しかし、このような方法では原告が被告会社に対して同社の請求する清算金を支払った場合に原告がその一部について再び損害賠償請求する余地を残し、抜本的解決とならないのみならず、不法行為を行いながら不法行為者の請求を全額認容することになるのも正義の感情に合致しないものといわざるを得ない。そこで、被告会社による清算金も信義則上相当と認められる限度において請求することができるとするのが妥当である。そして、これまで認定した本件取引における被告らの行為及び原告の行為等の事実、前記損害賠償請求事件における過失割合その他諸般の事情に照らし、本件清算金を請求しうる範囲は、七割を限度とするのが相当である。

2  清算金額

別紙委託者別先物取引勘定元帳によれば、第三取引による差引損金は、合計一億五九四七万五五九〇円である。

そして、別紙委託者別委託証拠金現在高帳によれば、原告が被告会社に対して平成五年二月一〇日から同年一〇月一二日までに預託した委託証拠金は合計一億二三一〇万二九〇三円であり、そのうち、同年八月一八日に原告が二〇〇〇万円引き出していることが認められるから、原告の預託した実質的な委託証拠金は一億〇三一〇万二九〇三円である。また、弁論の全趣旨によれば原告が被告会社に対し同年五月一三日に二四万四四〇四円、同月一八日に一五万二六九三円の合計三九万七〇九七円を弁済したことが認められる。

そうすると、被告会社が原告に対して支払を求めることができる清算金は、右差引損金合計一億五九四七万五五九〇円から右実質的委託証拠金一億〇三一〇万二九〇三円及び右弁済金合計三九万七〇九七円を差し引いた五五九七万五五九〇円の七割である三九一八万二九一三円となる。

3  以上により、原告は、被告会社に対し、三九一八万二九一三円及びこれに対する甲事件訴状送達の日の翌日である平成六年四月二一日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

四  結論

以上のとおりであるから、甲事件請求については、三九一八万二九一三円及びこれに対する平成六年四月二一日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、乙事件請求については、被告らに対するそれぞれ四六五三万八八八五円及びこれに対する平成五年一〇月一二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払並びに被告会社及び被告Y3に対する九九〇万円及びこれに対する平成五年一〇月一二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官一宮和夫 裁判官金子修 裁判官浅岡千香子)

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